株式投資は“余剰資金”で──その言葉の本当の意味を考える


はじめに:「余剰資金で投資しましょう」の違和感

投資に関するアドバイスで、よく聞く言葉があります。
「余剰資金で投資しましょう」。

でも、その“余剰資金”って、どんなお金のことでしょうか?
使いみちのない「余ったお金」でしょうか?
そんなお金を持っている、一部の恵まれた人だけが株式投資をするべきなのでしょうか?

もしそうだとしたら──NISAは誰のためにあるのでしょう?

私たちはこれから、どうやって自分の資産を守り、育てていけばよいのでしょうか?
お金を“死に金”にせず、働かせて、社会にも貢献させるにはどうすればいいのか?

「余剰資金」の意味を誤解したまま投資を始めてしまえば、
投資と投棄の境界が曖昧になり、結果的に損をしてしまうかもしれません。

それはとても、悲しいことです。

失ってもいいお金なんて、本当は存在しません。
なぜなら、お金とは単なる紙や数字ではなく、
あなた自身がこれまで積み上げてきた価値そのものだからです。


1. 「余剰資金で投資しましょう」の違和感

「株式投資は余剰資金でやりましょう」
投資に関する情報に少しでも触れたことがあれば、一度は目にするアドバイスです。

でも正直に言えば、私はこの言葉にどこかモヤモヤした違和感を抱いていました。
そもそも「余剰資金」って、そんなにある人ばかりなのでしょうか?
日々の生活で精一杯で、貯金も思うようにできない。
そんな状況で、「投資は余剰資金で」なんて言われたら、最初から自分には関係ないものだと感じてしまいます。

でも、投資を始めた今だからこそ思うのです。
この「余剰資金」という言葉には、正しく理解しないと逆に損をする危うさがあるのではないかと。


2. 「余剰資金」の誤解──それは“捨て金”ではない

「投資は余剰資金でやりましょう」──
この言葉を初めて見聞きしたとき、私はこう思いました。

「余ったお金なんて、ウチにはないけどな…」

多くの人がそう感じるのではないでしょうか?
日々の生活費、急な出費に備えた予備費、老後資金や教育費…。
どれも“いつかは使う”お金であり、“余っているお金”ではありません。

それでも投資を始めてみようと思った私は、「とりあえず失っても困らない範囲でやってみよう」と考えて、少額から株式投資を始めました。

ところが、株価というものは、思ったよりも簡単に下がります。
ある銘柄が一時的に値下がりして、含み益が減ったり、含み損が出たりする──
そういう経験を何度か繰り返す中で、私はようやく「余剰資金の本当の意味」に気づくことになります。

💡 余剰資金とは、「待てるお金」「揺らがないお金」

私が感じた“本当の余剰資金”の定義はこうです。

たとえ株価が一時的に下がっても、慌てて売らずに、 いずれはプラスになると信じて持ち続けられるお金。

つまり、“余剰”とは「余った」という意味ではなく、
「今すぐ必要ではなく、将来のために待てるお金」「目先の変動で判断を狂わせないお金」ということです。

これは単なる金額の話ではありません。
時間と気持ちの余裕があることが、最も大事な要素なのだと痛感しました。

❌ 「失ってもいいお金」なんて存在しない

よく見かける投資アドバイスの中に、「最悪ゼロになってもいいお金でやりましょう」というものがあります。
この言葉は一見正しく聞こえますが、私は強く疑問を感じます。

失ってもいいお金って、そもそもそんなものが本当にあるでしょうか?

私はそうは思いません。
お金というのは、すべて自分の人生の時間や努力の結果です。
それを「無くなってもいい」と思って投げ入れること自体、どこか自分の人生を軽く見ているような感覚すらあります。

✅ 私が意識している“余剰資金”の条件

実際に投資を始めてから、私は以下のようなことを自分の中で明確にするようになりました。

  • 今すぐ生活に必要ではない(使う予定が半年以上ない)
  • 緊急時のための貯金は別に確保してある
  • 価格が下がっても、「すぐに現金化しなければ」とは思わない
  • 含み損が出ても、「まぁ数年放っておこう」と思える
  • 給与が安定していて、すぐ使わなくても不安がない

こういう条件をクリアできるお金を「余剰資金」として使うようにしています。

📉 株価が下がった時に試されるのは“金額”ではなく“姿勢”

一時的に含み損になることは、投資をしていれば避けられません。
でも、そのときにどう感じるか、どう判断するかは、そのお金の“性質”によって決まるのだと実感しました。

  • 「あぁ下がった…でもすぐに使うお金じゃないし、待とう」と思えるか
  • 「どうしよう! もう損する前に売った方がいいかも…」と焦るか

この違いは、金額ではなく、自分がそのお金をどんな前提で投資に回しているかで生まれます。
つまり、「余剰資金の定義」が、あなたの行動を決めるのです。

🔁 「余剰資金」とは、損しないための“前提条件”

今の私は、「株で損をしないためには、何を買うかより前に、どんなお金で買うかを考えることが重要だ」と思うようになりました。

その意味で、余剰資金とは、損をしないための“最初の装備”のようなものです。
装備が不十分だと、どんなに良い銘柄を選んでも、不意の下落で逃げ出してしまう。
でも、装備がしっかりしていれば、多少の波ではブレずに進める。

📌 まとめ:余剰資金とは「信じて持ち続けられるお金」

余剰資金とは、“雑に使ってもいいお金”ではありません。
それは、未来を信じて、落ち着いて待ち続けられるお金
つまり、「何があっても自分を慌てさせない」という前提で設計されたお金です。

これに気づけたことが、私にとって、投資を始めて最も大きな学びでした。
そして今では、「損をしない投資」とは、銘柄選びの前に、この“余剰資金の考え方”に尽きるとさえ思っています。


3. 損を覚悟しても、損を前提にしない株式投資

投資を始める前、私は「投資=損をする可能性がある」「運が良ければ儲かる」くらいの認識でした。
だから、「ある程度は損しても仕方ない」「ゼロになってもいいお金で」と言われると、逆に納得してしまったんです。

でも、本当にそれでいいのでしょうか?

投資で損をするのは一時的な出来事かもしれません。
けれど、「損をしてもいい」という気持ちで投資を始めてしまうと、判断も行動も雑になりやすいと実感しました。

「どうすれば損をしないで済むのか」「減ったときにどう動くべきか」
そういう視点を持つようになったとき、私はようやく“投資を始めた”といえるのかもしれません。


4. 投資と運用の違い──あなたはどちらを目指しますか?

投資とひとことで言っても、目的は人それぞれです。

  • 資産を「増やす」ため
  • 資産を「守る」ため

目的によって、“余剰資金”の捉え方も変わってきます。

私は「守る」側の感覚で投資を始めました。
だからこそ、損を前提にせず、焦らずに長期で育てられるお金であることが最優先でした。


5. 投資をしないという選択──それでもリスクは避けられない

「投資は怖いからやらない」
かつての私も、そう思っていました。

けれど今は、「投資をしないこともリスクである」という現実を知りました。
特に、インフレ超低金利の時代において、現金を持っているだけでは資産は実質的に減っていく一方です。

もはや、「投資を知らなくてもいい」ではなく、「知らないと損をする」時代なのかもしれません。


6. みんながやってるから?──“なんとなくNISA”が生む投棄

最近ではNISAを始める人が増え、証券口座を持つのも当たり前のようになってきました。
それ自体は良いことですが、“なんとなくNISA”の危うさも感じています。

「みんながやっているから」「S&P500が人気らしいから」
そんな理由だけで始めてしまうと、一時的な下落で不安になり、結局やめてしまうという結果になりかねません。

投資は、銘柄よりも先に「自分がなぜやるのか」を決めることが大切だと思います。
そこがブレると、どんな優れた商品でも長くは続きません。


7. 価値は保存される

株式投資をしていると、日々の株価が気になります。
含み益が増えたり、逆に元本を割り込んで含み損になったり、心が浮き沈みしやすくなるのは、誰しも同じです。

でも私は、投資を続ける中で、こう考えるようになりました。

「株価が下がった=価値が下がった」ではない。

もちろん、企業の業績が大きく悪化しているなら話は別です。
でも、そうでないなら、株価の下落はあくまで「一時的な市場の評価のブレ」に過ぎません。

企業そのものの価値が維持されていると信じられるのであれば、
その株を「自分の資産として持ち続ける」という選択も、自然とできるようになります。

この「価値」と「価格」の違いを冷静に見られるようになったのは、
やはり**“余剰資金で投資している”という前提があるからこそ**だと思います。


逆に言えば、自分が信じていた企業の価値そのものが崩れたと感じたとき──
たとえばビジネスモデルの根本的な失敗や、回復困難な業績不振など──
その時は、迷わず手放す判断も必要です。

「価格」ではなく「価値」で判断できるようになる。
それが、余剰資金で投資することの最大のメリットの一つだと、今は感じています。

8. おわりに:あなたのお金は、あなたの人生の一部

今、私はようやく「お金はただの数字ではない」と思えるようになってきました。
それは、自分の時間・努力・人生の積み重ねそのものです。

だからこそ、「余剰資金」という言葉を軽く扱ってはいけない。
それは「雑に使ってもいいお金」ではなく、「丁寧に働かせることができるお金」だと今は思っています。

投資とは、自分の価値観と向き合い、未来をどう生きたいかを考えるきっかけになるもの。
そういう目線から、私はこれからも「損をしない投資」を目指していきたいと思っています。
投資とは、利益を得るための行為であると同時に、自分自身の判断力と価値観を試す、静かな対話でもあるのかもしれません。

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利確したくなるときこそ、自分の目的を見直すタイミング


投資とは「稼ぐ力」を育て、社会に活かす行為

投資というと、株式や投資信託といった金融商品を思い浮かべがちですが、私はもっと広く捉えています。
たとえば、自分のスキルを磨くことや健康を保つことも投資の一種だと思っています。

共通しているのは、「未来の価値を育てる」という視点です。
お金であれ能力であれ、それを通じて自分自身の可能性や社会的な貢献を広げていく。そうした投資は、単なる“お金儲け”とは違う豊かさをもたらしてくれます。


利益が出ると、なぜか“売りたくなる”心理

とはいえ、投資をしていて少し利益が出てくると「今のうちに利確しておきたい」と感じること、ありますよね。
人間の自然な心理でもありますし、誰が悪いという話ではありません。

でもここで、私はふと思うのです。

積立NISAなどの長期投資は、「時間を味方につけて育てる」ことを前提としているのでは?

それなのに、ちょっと含み益が出た時点で売ってしまうのは、果実が実る前に木を切ってしまうような行動かもしれません。


目的がある利確はOK。でも、目的はあるか?

もちろん、「〇〇に使いたいから一部売却する」というのは良い判断だと思います。
目標があって、それを実現するための資金として投資を活用するのなら、それはむしろ理想的です。

一方で、**「なんとなく下がりそうだから売っておこう」「利益が減るのが怖い」**という理由だけで利確する場合、少し立ち止まって考えてもいいのではないでしょうか。


自分の能力を「利確」してしまうことに置き換えてみると…

このことを、自己投資やスキルの話に置き換えてみると、よりリアルに感じられます。

たとえば、70歳になっても自分の能力を活かして、社会とつながりながら楽しく仕事をしている人がいたとします。
それなのに、「もう稼げるようになったから、この能力を手放して、あとはのんびり過ごすだけにしよう」と言い出したら、どう感じるでしょうか。

もちろん「新しくやりたいことがある」なら、それは素晴らしい。
けれど、明確な目的もなく、せっかくの能力や経験を途中で手放してしまうのは、少しもったいない気もします。


投資は、価値を“活かし続ける”力

私にとって、投資の本質とは「価値を持ち続けること」ではなく「価値を活かし続けること」です。

それが金融資産であっても、技術や人脈であっても、自分自身がどう活かし、どう関わり続けるかが大事なんだと思います。

だからこそ、利確したくなったときにはこう問いかけたいのです。

「それは本当に、自分の目的に沿った行動だろうか?」
「自分が投資によって得ようとしていたものは何だったのか?」

焦る必要はありません。
その瞬間に売るかどうかよりも、自分の価値観に沿った投資を続けられるかどうか――
それが長い目で見て、もっとも大きな“リターン”につながるのではないかと思います。

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『信じたい未来に投資する』――投資という社会貢献、人類の未来を信じて

(後編)「信じたい未来に投資する」という視点で見直す、新しいポートフォリオの形

▶ 江守哲さんの思想に触れて

江守さんの発信は、表面的には「投資術」のように見えることもありますが、その根底には一貫した思想が流れていると私は感じます。

「国際社会はどこへ向かうのか?」「通貨とは何か?」「我々はどんな世界を信じて、そこにお金を置くのか?」

それらを直接語ることはなくとも、江守さんの語るポートフォリオには、そうした問いに対する“静かな答え”がにじんでいます。

私がこのブログで描いたような、米国とインドの統合、通貨の進化、新しい世界秩序への希望──それらと重なる部分は、江守さんの『新NISA 2.0』にも随所に見られました。

▶ 新NISA 2.0ポートフォリオの深み

『新NISA 2.0』における基本ポートフォリオは、コア(オルカンまたはS&P500)25%、インド株25%、AI関連やテーマ株25%、そして現金+ゴールドで25%という、バランスの取れた構成です(合計100%)。

その中でゴールドの比率は15%程度とされていますが、江守さん自身の最近の発言では、ゴールド比率をさらに高めても良いとの見解も示されています。

この構成は、単なるリスク分散にとどまらず、「複数の未来に対応できる構え」を意識したものに思えます。
特にインド株の重視は、成長期待だけでなく、世界経済の重心が移っていく可能性を見据えた動きと感じます。

▶ 私自身の見直しと投資方針

江守さんのこうした構成を参考にしながら、私自身も「守り」と「柔軟性」の両方を意識したポートフォリオを目指すようになりました。

たとえば、株式とゴールドの比率を意識的に調整したり、時には現金比率を高めてリスクに備えたりすることも、単なる市場の動きへの反応ではなく、「どういう未来を信じているか」という視点に立って決めています。

株式部分の中では、コアを中心としつつも、インド株や個別銘柄も状況に応じて組み入れています。
もちろん、その配分をどう変化させていくかは、米国中心の構成からインドへシフトしていくべきか──という問いとも関係しています。

そうした問いには、今後も継続して向き合っていきたいと考えています。

▶ 江守さんの情報との向き合い方

ときに江守さんのYouTubeのコメント欄には、「言っていることが変わった」「ゴールドを売ったと言っていたのに買っている」など、表面上の矛盾を指摘する声も見られます。

しかし、江守さんはプロの投資家です。日々の相場に応じて短期と長期を使い分けるのは当然のことですし、戦略の柔軟性はむしろ彼の強みでもあります。

その高度な投資技術は、決して表面的に真似できるものではありません。そこに手を出すかどうかは、講座などで本質に触れるか、自分の守備範囲を守るか──選ぶべきなのです。

ただし、江守さんの書籍『新NISA 2.0』を読めば、そうした「プロでない私たちでもできること」が明確に示されています。

難しいことをしなくても、自分の資産をどう未来につなげたいのか、その指針を見出すには十分な内容が詰まっている。
そこに、私たち素人なりの一歩があるのだと思います。

▶ 結びに代えて

この時代、過去の延長では説明できない動きが多くなってきています。
歴史は繰り返す──でも同時に、人類は進化する。

誰かが用意したストーリーではなく、自分の中で信じられるストーリーを持つこと。
それが、これからの投資において最も大切なことかもしれません。

未来は、いつだって「選ばれた側」ではなく「選んだ側」に開かれるのだと信じて。

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『信じたい未来に投資する』――投資という社会貢献、人類の未来を信じて


(前編)ドルでもルピーでもない未来へ~米印統合という希望、通貨の進化を見つめて

▶ はじめに

最近、投資とは何かを考え直す時期に来ていると感じます。最初の判断、最新のニュース、市況のアップダウンに振り回されるのではなく、もっと長い視点、もっと大きなビジョンで「未来を選ぶ」ための投資をしたい。

そう考えていたところ、江守哲さんの『新NISA 2.0』に出会いました。
その内容は「NISAの説明書」のような形ですが、読めば読むほど、そこには投資を通じて未来を考えるヒントが込められていると感じました。

このブログは、その江守さんの考えに刺激を受け、私が既に考えていたこと、感じていたことをわかりやすく並べるような「こういう発想もありだよね」という記事です。

▶ 米国とインドは兄弟圏になりうるか?

ひとつのきっかけは「コロンブスの誤解」にありました。「ここはインドだ!」と言った場所は実際にはアメリカ大陸。しかしその勘違いが、結果としてアメリカ先住民を「インディアン」と呼ぶことにつながりました。

500年後、その本物のインドと米国が、正式に同盟関係を深めているのは、歴史の流れの中でとても興味深い出来事です。

米国とインドは、自由主義、法の支配、英語話者の多さなど、基本的な価値観を共有しています。血のつながりではなく、信頼によって築かれてきた関係であり、グローバルパートナーとしての親和性が高いのです。

今では「戦略的な利害関係」を超えて、「互いの未来を支え合う」兄弟のような関係に進化しつつあるように感じます。

▶ インドの特異性

インドは、多くの民族や文化、言語が集まる非常に多様な国ですが、民主主義の基盤と、言論の自由を守る政治体制がしっかりと機能しているため、米国との協力に適した素地を持っています。

活気あるIT人材も多く、その多くが米国のテック企業で活躍していることは、単なる人材輸出を超えて「共に成長できるパートナー」として見られている証拠だと思います。

▶ 通貨の未来について

ゴールドの価値が上昇し続けている今、BRICS諸国が構想する新しい通貨や、既存のドルに代わる仕組みについても注目が集まっています。

とはいえ、ドルに「対抗」するような通貨をつくろうとするBRICSの動きには、多少の政治的な駆け引きを感じます。一方で、もし米国とインドという世界でも存在感のある二大国家が、「ドルからの進化形」として新たな通貨を構築するのであれば、それは対立ではなく移行であり、現実的かつ希望のある構想になるのではないかと思います。

▶ 投資は未来を選ぶこと

時に世界は分裂へ向かっているようにも見えます。
しかし気がつけば、私たち一人ひとりが未来を選ぶ「言葉」や「行動」、そして「投資」は、すでに社会の進む方向をつくりはじめています。

江守さんの語る未来、そして私が感じていることは、「未来は対立ではなく、共存や統合に向かうべきだ」という信念です。

投資とは、ただ利益を求めるものではなく、「信じたい未来への参加表明」なのだと思います。

後編では、江守さんのポートフォリオを参考に、その思想の具体的な中身をさらに深くひもといていきます。

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iPhone のチャージをしながら、資産について考えてみた

iPhoneを毎日チャージして、また使って、また充電して……やがてバッテリーは劣化して交換される。一見すると虚しい繰り返しのようにも思えます。

けれど、私たちは“iPhoneを維持するため”に充電しているわけではありません。iPhoneに役立ってもらうためにチャージしているんですよね。

そのチャージ方法も、自宅のコンセントだけでなく、モバイルバッテリーだったり、キャンプ場ではポータブル電源を使ったりと様々。そんなことを考えていたら、「これって資産管理に似ているのでは?」と思い至りました。


資産の4分類を、蓄電池で見てみる

資産カテゴリバッテリー比喩価値保存性自己発電性流動性一般的安心感実質的安心感
タンス預金アルカリ乾電池×××
銀行預金小型充電池
投資全般ソーラー+蓄電システム△〜◎×△〜◎
ゴールドポータブル電源(リン酸鉄)××

価値保存性:放っておいても減らないか?

タンス預金は減らないように見えて、インフレによって静かに目減りします。銀行預金も同様です。ゴールドは増えませんが、物価が上がっても相対的に価値を保ちやすく、保存性能は極めて高いといえます。

つまり、「保存性」とは、単に“金庫に入っている”ことではなく、“安心して放置できる力”のことです。


自己発電性:資産が勝手に増えるか?

株式や投資信託などの投資には“自己発電性”があります。企業が価値を創造すれば、それがリターンとなって資産を増やします。

銀行預金もわずかながら金利がありますが、インフレ率を上回ることはほぼありません。

ゴールドは増えませんが、「減らさない」という意味で独自の立ち位置にあります。


流動性:必要なとき、すぐ使えるか?

現金や銀行預金は、すぐに使えるという点で圧倒的に流動性が高いです。これは「生活費」や「緊急支出」にとって重要な性能です。

投資やゴールドも換金は可能ですが、タイムラグや価格変動があるため、日常用途には向きません。

「今」使う資産と「将来」使う資産を分けて持つことが重要です。


安心感の誤解と“タンスゴールド”という冗談

日本人は「目に見えるお金」に安心感を抱きがちです。タンスに現金があると安心する、という感覚は根深いものがあります。

しかし、目減りする現金を長期で保有することは、実はもっとも“安心から遠い”行為かもしれません。

ある人が言っていました。

「これからの時代は、タンス預金じゃなくて、タンスゴールドだよ」

最初は冗談かと思いましたが、よく考えると納得がいきます。見える安心ではなく、減らない安心が求められる時代です。


最後に:私たちは資産を“増やす”ために生きているのか?

私はこう考えています。

人は自ら働き、社会に貢献することで価値を生み出す存在です。資産運用は、その得られた価値を“有効に使う”ための技術にすぎません。

財布の中身が増えることよりも、自分の人生が豊かになることのほうが大事。資産とは、人生を動かすための“蓄電池”なのです。


実践への提案:3つの資産を役割で使い分ける

目的推奨資産理由
日常支出銀行預金流動性最優先
中期備え投資成長と発電性を活用
長期保存ゴールド減らないことに特化

資産を分けて持ち、役割を決めて、必要に応じて見直す。
それがインフレ時代を乗り越える、賢いチャージ設計なのかもしれません。

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金は天下の回りもの。r > gが生み出す血流障害。

生前贈与とDie With Zeroが促す、資本と信頼の血流改善


回らなくなった“金”という血液

かつて「金は天下の回りもの」と言われていた。でも、現代社会の中でその金はどこを回っているのだろう。働く人には残らず、資産を持つ人に集まり続ける。社会全体が血流障害を起こしているように感じられる。


r > g:労働が報われない社会の病理

ピケティの言う「r > g」(資本収益率 > 経済成長率)とは、働いて得るより、持つだけで増えるという社会構造の指摘である。これが続くなら、労働は振り込みになるだけで、格差は治らない。資本家はリスクを取っているとも言われるが、本来のリスクとは何か?を考える必要がある。


投資とは役立つ未来を信じて課すこと

投資の本質は「年利を貰う」ことではなく、「誰かの挑戦や社会を支える」ことだと思う。数値的な利益より、信頼や共感の形で金を課す。それは、いわば「静かで長い拍手」のような行為ではないだろうか。


現代投資のずれ:「応援」の意味の希薄化

現在の投資は、「何に資金を課しているか」が見えなくなっている。利回りだけが重視され、投資が「グラフ」や「数字」の世界に折りたためられる。その結果、投資が「関係性」を失い、「投棄」へとすり替わりつつあるのではないか。


Die With Zeroの思想:金を残すなら、経験を

『Die With Zero』は、金を増やすのではなく、経験に変えることに重を置く思想だ。最も意味ある時期に、最も意味ある人に、最も意味ある形で資産を流す。それは、死後の相続より、生前贈与に意味があることを示している。


生前贈与の形は、信頼の形

親から子への生前贈与は、ただの金銭移転ではない。「信じてるから課す」、「事成を見守る」という、たくさんの無言のメッセージを含んでいる。これは、「視える相続」としての新しい形でもある。


相続は、すでに形骸化しつつある

死後に資産を残すという、かつては当然とされていた発想も、今では時代とズレ始めている。資産を保有し続けることが「万が一のために」と眠ったままになり、誰にも活用されずに死に金となることは、ささやかな自由のようで、実は社会に大きな阻害を残している。
私自身、”Just In Case” と言いながら捨てられないモノが増えているタイプなので、あまり偉そうなことは言えないのですが、
「使うつもりで持つ」ことと「使わずに残る」ことの違いは、思った以上に大きいのかもしれません。


r = g を想像する:投資も労働も社会参加

r = g(資本収益率 = 経済成長率)の社会を想像することは、資本から得られる利益と、働いて得る所得の伸びが等しくなる社会を思い描くことだ。それは、資産を持つことが特別な優位性にならず、投資と労働の両方がフェアな選択肢になるということを意味する。

このとき、投資は「何もしなくても増える仕組み」ではなく、社会に関わる一つの参加手段として位置づけ直される。投資も労働も、それぞれが異なるアプローチで社会に貢献するものとして、対等な役割を果たすことができる。

この「並列」の意識が定着すれば、「稼ぎ方」や「生き方」そのものに多様性と尊厳が生まれる。投資家は未来に託し、労働者は現場で支え、その両方が対話しながら社会を形づくっていく。

r = g の社会とは、単なる経済指標の一致ではなく、「どう生きて、どう参加するか」が問われる成熟した社会のかたちなのかもしれない。


お金と信頼がめぐる社会へ

私たちの社会における金の流れを、人間の血流になぞらえて考えてみると、その重要性がよりはっきりと見えてきます。健康な身体には、栄養と酸素を届けるスムーズな血流が必要であるように、健やかな社会には、信頼と共感に基づいた資金の循環が不可欠です。滞った血流が病をもたらすように、止まったお金は経済や関係性を蝕んでしまう。

投資、労働、家族の支え、社会貢献──それぞれの行為は本来、異なるようでいて根っこではつながっている。どれも「誰かや社会に関わりたい」という気持ちから生まれるものだからだ。

r > g の構造をただ批判するのではなく、r = g の世界を想像してみること。それは、金の流れのあり方だけでなく、人と人との信頼の循環のかたちを見つめ直すことにもつながる。

お金、労働、家族、未来──それぞれの「あるべき姿」を見つめ直しながら、よりバランスの取れた、健やかな社会を築いていけたらと思う。金を回すというのは、不動の仕組みではなく、人間の活動そのものに近い。信頼によって金が流れば、金は生きた形で社会を駆動させる。そこには「手放しで増やす」という発想はなく、誰に資源を課すか、というわずかな視線があるだけでも社会は広がりを持てる。

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日米自動車貿易の“本当の不公平”

🔹【事実1】日本はアメリカ車に関税をかけていない

WTO加盟国として、日本はアメリカから輸入される乗用車に**関税ゼロ(0%)**を適用しています。つまり、これ以上「減らせる関税」は存在しません。

➡️ 減らしようがない関税を減らせと要求するのは、完全に理不尽です。


🔹【事実2】規制緩和は“安全・環境”の問題

アメリカが要求する日本の安全基準や排ガス規制の緩和は、

  • 歩行者保護
  • 騒音規制
  • 排ガス(NOx・PM2.5)
  • 車体サイズ制限

といった国民の命と健康を守るための最低限のルールに関わります。

➡️ 「アメリカ車を売るために日本国民の安全を犠牲にしろ」という主張こそ、不公平では?


🔹【仮定】消費税ゼロにしても売れないのでは?

日本がもし「アメリカ車だけ消費税ゼロ」という極端な優遇策を取ったとしても、実際には売れないでしょう。理由は明確です:

  • 道路事情に合わない車体サイズ
  • 燃費が悪い
  • 修理やサポート体制が不十分
  • モデルやブランドの魅力不足

➡️ “製品としての魅力不足”を市場のせいにしているだけ


🎯 結論:どちらが本当に「不公平」なのか?

  • 日本:関税ゼロ、安全規制は国民保護のため
  • アメリカ:日本車に最大50%の関税、売れない理由を他国のせいにする

もし、日本がこれ以上の譲歩をしてもアメリカ車が売れないのであれば、それは市場の選択です。
むしろ、「売れる努力をせずに“買え”と迫る態度」こそが最も不公平ではないでしょうか?

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現代の“生きた百科事典”と学ぶ、我々の世界 – ChatGPTとめぐる知の旅

ChatGPT教材シリーズの理念

子どもの頃、多くの家庭には百科事典がありました。
10冊セットの重たい本を本棚から引き出し、1ページずつめくりながら、
私たちは文字だけでなく、写真や地図、イラストを通して、
世界のさまざまな知識に出会ってきました。
それは、単なる勉強ではなく、「わくわくする知の旅」でした。

そして今、時代は変わり、私たちはChatGPTという
「現代の生きた百科事典」を手にしています。
このプロジェクトは、その力を借りながら、
再びあの頃のように、ページをめくる感覚で世界を学ぶことを目指しています。

ChatGPTがもたらすのは、即座に答えを返すだけのAIではなく、
物語を語り、知識を繋げ、問いかけを返してくれる、対話型の図鑑です。

かつての図鑑に夢中になった子どもたちが、
今、大人になってもう一度、世界をめぐる旅へ。
この教材シリーズは、そんな思いから始まりました。

英語の教材をChatGPTを使って生成する

英語の教材にもいろいろありますが、英会話用の教材として、あまり面白いものはありません。
結局フリートークのようなものが良いということになりますが、フリートークといっても、ただ漫然と話をしていても、先生も生徒も大変だし、気がつけば同じ事ばかり話ているということにもなりかねません。

デイリーニュースのようなものは、結構使われていて、これも面白いとは思いますが、私は、やはりある程度テーマ性があるもののほうが好きです。

非常に良い教材として、National Geographic(ナショナルジオグラフィック)の教材があり、これは英語の勉強というだけでなく、広い意味での科学的な事の勉強にもなり、とても良かったです。
しかし、すべて読み終わってしまったので、さて、その後どうしましょうか?という話になって、今更、トラベル英会話とか、とかビジネス英会話といった、お決まりのシーンを想定した会話のレッスンというのもつまらないので、「National Geographic(ナショナルジオグラフィック)のような教材」を OpenAI社のAIアシスタント ChatGPTと作って、それをテキストとして使うことにしました。

最初のテーマは、トルコ旅行

最初のテーマをどうしようかなと思ったのですが、9月にトルコ旅行を予定しているので、その旅行の日程に併せて、トルコの事を勉強するというのを兼ねた教材が面白いのではないかと思って、最初は、トルコ旅行を題材に教材を作りながら、毎日楽しんでました。
そのトルコ旅行編が先週で完結したのですが、ChatGPT と話をしていて、このテキストって、私のように英会話教室のネタとして使う以外にも、ツアーガイドや、トルコに住んでいる人にも役に立ちそうなので、ブログに載せようかという話になり、本日公開することにしました。

作成した教材と画像はすべてChatGPTとの共同制作による完全オリジナルです。
教材は非営利目的での閲覧・利用・共有は自由ですが、印刷して販売するなど、商用利用(有料配布・転載販売など)はご遠慮ください。

あとがき:生成AIと、学びの未来について

生成AIによって、私たち人類は新たな局面を迎えました。
それまで「アイデアで終わっていたこと」が、個人の努力と工夫によって現実の形になる可能性が開かれたのです。

とくに、科学的な正確さが求められる分野で、歴史的・現実的な事実に基づいて文章を生成できるという体験は、非常に大きな驚きと感動をもたらします。
それは、決して遠くて難しい世界ではなく、かつて私たちが百科事典のページをめくりながら世界を知ったあの経験の延長線上にあります。

AIの力を借りれば、「自分だけの百科事典」を作ることすら可能な時代になったのです。

もちろん、生成AIは万能ではありませんし、使い方を誤れば危険な側面も持ちます。
現に、児童ポルノの生成、偽情報の拡散、フェイク画像・動画、他人を騙すためのツールとして使われている現実があることは、非常に悲しいことです。

だからこそ、良い方向で生成AIを使い、世界にポジティブな価値を生み出していくこと。
それを実践し、示していくことが、私たちIT技術者の使命の一つではないかと感じています。

この教材プロジェクトも、その一例でありたいと願っています。
誰かの好奇心に火をつけ、AIとの協働が“わくわくする学び”を生み出すことを、静かに伝えていけたら幸いです。

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高齢者のNISA活用術(実践編):1年ごとの戦略的リバランス“年始スライド戦略”


「NISAは売ってはいけない」「長期で放っておくのが正解」——そんな常識に少し違和感を覚えたことはありませんか?

私は以前の記事で、「高齢者であっても、NISAをもっと柔軟に、戦略的に使っていいのでは?」という考え方をお話ししました。

今回はその実践編として、実際に私が構想した「年始スライド戦略」と名付けた、高齢者向けのNISA運用の一つの方法をご紹介します。


年始スライド戦略とは?

NISAには「成長投資枠」として年間240万円の投資上限があります。

この戦略では、それを活用しつつ、毎年の年始に投資を行い、前年に投資していた資金は年始に売却するというループを作ります。


【1年目】

  • 年始に240万円を一括投資(NISA口座)
  • さらに、翌年のために240万円を別に準備(待機資金)

【2年目以降】

  • 年始に、前年の240万円分を売却(NISA口座)
  • 同時に、準備していた240万円で新たに一括投資(NISA口座)
  • 売却して得た資金を、また来年用の待機資金として確保

この動作を繰り返すことで、毎年非課税での売却(利確 or 損切り)を行い、次の投資へとバトンをつなぐことができます。


この方法のメリット

◎ 非課税の利益を毎年“確定”できる

含み益を抱えたまま終わるのではなく、毎年「今年はいくら利益が出たか」を明確にし、非課税で利益を受け取るチャンスがあります。

◎ 売却も前提なので、心理的な身軽さがある

「NISA口座だから売ってはいけない」という思い込みから解放され、自分のタイミングで出口を作る感覚を持てます。

◎ 銘柄の見直し・戦略変更がしやすい

年に一度、社会情勢や相場環境に応じて「今年はどの資産に投資しようか?」と見直す機会になります。
飽きず、無理せず、主体的に続けられます。

◎ 生活費への転用もできる

もし利益が出ていれば、その一部をその年の生活費に回すこともできます。
「配当」のように非課税で収益を受け取りながら資産を管理できるのは、高齢者にとって理想的な形のひとつです。


注意点とリスク

▲ NISA口座の損失は損益通算できない

NISA内で損をしても、特定口座の利益と相殺できません。
ただ、毎年の投資金額を一定にしておけば、翌年の相場回復で取り戻す機会は残ります。

▲ 売却と買いのタイミングが集中する

毎年1月に売却と買付を同時に行うため、相場が荒れている年初は影響を受けやすいです。
1月の中でも2回に分けて投資する、あるいは1月〜2月の間で数日タイミングをずらすなどの工夫も有効です。

▲ 待機資金240万円の保持が必要

常に240万円を現金や短期資産で保持する必要があります。
ただこれは、生活防衛資金としても活用できるため、意外と運用の足かせにはなりません。


なぜこの方法が高齢者向けなのか?

長期積立投資は、「その銘柄が将来も成長すること」が前提であり、また、「途中であまりやることがない」ため、退屈だったり、市場から関心が離れてしまったりすることがあります。

しかし、年始スライド戦略は:

  • 毎年1回、自分で考えて銘柄を選ぶ
  • 必要なら利確して生活費にも使える
  • 無理せず、自然な形で市場と関わり続けられる

という特徴があり、資産を守りつつ、社会と自分との接点を保つことができます。


まとめ:戦略はひとつじゃない。“年始スライド戦略”という選択肢

この運用法が「正解」というつもりはありません。
でも、長期保有だけがNISAの使い方ではないことを、一つの具体的な提案として共有したいと思いました。

高齢者であっても、自分のペースで、無理なく、非課税制度を使い切ることができる。
そんな現実的で“続けられる”方法の一例として、この年始スライド戦略が、どなたかの参考になれば嬉しいです。

コラム:利確・損切りを「戦略」にするということ

投資の世界では、「利確は早すぎる」「損切りはしたくない」といった感情がつきものです。
つい、値上がり益を伸ばしたくて握り続けたり、含み損を見て見ぬふりして塩漬けにしたり…。
誰もが経験することかもしれません。

だからこそ、あらかじめ「売るタイミング」を決めておくことには大きな意味があります。

年始スライド戦略では、毎年の年始に売却するという“仕組み”があるため、
利益が出ていれば自然と非課税での利確ができ、
損が出ていても、翌年に向けた損切り&再出発が無理なく行えます。

これは感情による売買ではなく、**「仕組みによる意思決定」**です。

売る日が決まっていれば、
「売った後に上がったらどうしよう?」という不安や、
「まだ上がるかもしれない」という欲に振り回されずに済みます。

また、損切りも「負け」ではありません。
自分の資産を“止まっているお金”から“動かせるお金”に戻す大切な行動です。

投資の本質は、「育てる」ことだけではなく、
**「自分でコントロールできる範囲で資産を動かすこと」**にもあります。

このように、年始スライド戦略は、
利確・損切りを「戦略として自然に行う」仕組みとしても、高齢者にとって実行しやすく、心の負担も小さい方法なのです。

📌補足コラム:利確=損という誤解と、複利について

「毎年利確していたら複利が効かなくなるのでは?」という声を聞くことがあります。
ですが実際には、複利とは“得た利益を再び投資に回すこと”であり、同じ銘柄を持ち続けることではありません

利確して得た資金を再投資すれば、銘柄や口座を問わず、複利的な効果は継続可能です。

また、「利確すると損した気分になる」という印象も、NISA特有の構造——
「非課税枠が消えてしまう」「特定口座なら税金がかかる」といった制度的背景が生んだものかもしれません。

けれど本来、**利確は損ではなく“選択肢を増やす行為”**です。

年始スライド戦略では、利確をあらかじめ前提にしているため、
こうした誤解から離れた、シンプルで前向きな資産運用が可能になります。

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NISAをあえて短期で使う:高齢者向け資産戦略の裏技

「NISAは長期保有が基本」「若い人向け」——そんな常識に、少し違和感を覚えたことはありませんか?
私は60代を過ぎてから、資産運用に本格的に向き合うようになりましたが、実はNISAこそ高齢者にも有効に使える制度なのではないかと考えるようになりました。

この記事では、高齢者が「投機にならず、時間に依存せず、それでもNISAの非課税メリットを最大化する方法」を、私自身の実体験も交えながらご紹介します。


「NISAは長期ガチホ」が常識?でもちょっと待って

NISAは2024年から制度が大幅に改正され、非課税期間が無期限になりました。
これを受けて「20年・30年単位で保有するのが王道」と言われることが増えましたが、これはあくまで若い人にとっての最適解です。

私たち高齢者にとっては、20年先を見据えるのは現実的ではないこともあります。
そうなると、「NISA枠をどう使い切るか」がテーマになってきます。


高齢者だからこそ、NISAは「短期で使い切る」戦略もあり

私は、かつて特定口座で大きな含み損を抱えていたインド株を、損切りしてNISA口座で買い直すという選択をしました。
結果として、

・特定口座では損失確定 → 損益通算で節税効果
・NISAでは回復による含み益 → 非課税で保有

という、理屈としても資産としても納得のいく形ができあがりました。

ここで気づいたのは、NISA口座での利益確定=“非課税メリットの完成”だということ。
つまり、NISAは「持ち続けるための場所」ではなく、「非課税で利益を確定させるための場所」として捉えることができるのです。


売却してもいい。むしろ売って現金・ゴールドに変える選択肢

高齢者にとって大事なのは、「資産を減らさないこと」と「必要な時に取り崩せること」。
その観点から見ても、NISAで得た利益を、

・一部売却して現金化
・一部を金(ゴールド)などの安全資産へシフト

というのは非常に理にかなった選択です。

私の場合も、江守哲さんのYouTubeを参考にして、ゴールドをある程度持つようにしていました。
そのおかげで、株式市場が一時的に大きく下落したときでも、ゴールドがポートフォリオの支えになってくれました。

NISAで利益を確保し、それを特定口座に移してゴールドや現金にリバランスすることで、資産全体の安定性が増します。


NISA=持ち続ける場所、という思い込みを手放す

NISAは確かに非課税という大きな魅力がありますが、「売ってはいけない場所」ではありません。

むしろ、高齢者にとっては以下のような考え方が現実的です:

・非課税で利益を確定したら、目的別に再配分(生活資金、医療費、旅行、孫への援助など)
・将来のための安全資産(ゴールド・短期債・現金)への段階的移行
・税金を払っても、必要な場面で取り崩せる安心感を得ることが重要


まとめ:NISAを使い切るという知恵

投資は自己責任、とはよく言われます。
でも、情報が若年層向けに偏っている中で、高齢者なりの戦略がもっと共有されてもいいのではと感じています。

私が実感しているのは、

・NISAを「持ち続けるもの」と思い込まないこと
・非課税で利益を得るための“道具”として使い切ること
・売却してもOK。むしろ次のステップに進むために売るのが大事

NISAをうまく使えば、高齢者でも、投機的にならず、安心しながら資産を整えていける。
そうした一つの選択肢として、この記事が誰かの役に立てば嬉しいです。


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