太く長く

多くの日本人が大晦日に年越しそばを食べる。その意味は諸説あるけれど、その一つに長寿というのがある。「細く長く」というやつだが、自分はこれがどうも納得行かない。例えば、うどんは、太く短く、そばは細く長くだとすれば、そのどちらかという二択はおかしい。だって、良い人生とは、太く長くではないだろうか。充実した人生を長く送ることの方が、充実はしていても短命で終わってしまうとか、長くはあるけどただ生きているだけの人生よりずっと良いのではないだろうか。

海外の友人に、この年越しそばの、長寿という由来を説明しようとすると、ちょっと説明不可能というか理解してもらえないかもしれないという考えがどうしても浮かんでくる。細くというのは、つつましいという日本の美学なのか?しかし、何に対してつつましいのか?その人の太い人生が誰かの犠牲の上に成り立っているということでもあるまいし、寧ろある人の人生が充実したものであれば、その周りの人の人生も充実するという良い影響の方が強いかもしれない。世界にはいろいろな人が居て、生きているだけでも精一杯な国もある中で、自分だけ幸せになってはいけないなんて思っているのであれば、それこそ何様だよって思う。私より大変な状況の人はいるかもしれないけど、私だって何不自由なくのほほんと暮らしているわけでもないし、自分より大変な人がいるから、自分は幸せになってはいけないなんて理屈はおかしいと思うのだ。

というわけで、今年の目標は、「太く長く」にする。この「太く」は、贅沢をするという意味ではなく、「意味のある充実した人生を送る」という意味なので、その本質は、「健康であること」そして「自分の存在が誰かにとってプラスであること」だ。自分にとって幸せな人生というのは、まず自分自身が健康であること、そして家族が健康であるということが必須条件。その上で、親戚は当然として、友人の健康、友人とのつきあい、そのどれもがとても大切なもので、「太く」には必要不可欠なものだと思う。健康というのは、体力的に精神的に健康であることだから、結局は、家族も友人も「太い」人生を送って欲しいと願わずにいられない。

「細く」という謙虚さの裏側には、いろいろなものが想像できるのだが、それはともかく、もっと自分に正直に、自分勝手にならずに、周りの人を大切に、みんなで「太く長い」人生をおくっていきたいというのを、今年の目標、願いとして、2024年を過ごしていこう。

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