20年以上前、メールクライアント(MUA)の開発に携わっていた頃、インターネットはもっとシンプルで自由な世界でした。転送、返信、BCCなど、ユーザーが自然に使える機能が当たり前のように存在し、それを信頼することで情報がスムーズに流通していました。
ところが近年、セキュリティの強化が進む一方で、かつて当たり前だった多くの機能が制限され、「便利さ」よりも「防御」が前面に出てくるようになりました。SPF、DKIM、DMARC、ARC、SRS……。それぞれが大切な仕組みであることは理解していますが、個々の通信で“自己防衛”を強いられる現在のモデルは、限界に近づいているように感じます。
たとえばメールの転送。これまで自然に使えていたのに、今では技術的・構造的に“なりすまし”と誤解されることがある。正当な送信でも、セキュリティのフィルターに弾かれ、ユーザーには「なぜ届かないのかすら分からない」事態が発生する……。
これは本当に私たちが目指すべきインターネットの姿なのでしょうか?
私は、インターネットという社会基盤そのものが、根底から見直されるべき時期に来ていると考えています。そしてその再構築において、AIの力は欠かせない存在になるでしょう。
セキュリティが「ルール」や「制限」ではなく、「振る舞い」や「意図」を理解して動く世界。送信者の意図、受信者の信頼関係、通信の文脈を総合的に判断し、「これは安全だから通していい」「これは危ないから止める」をAIが判断してくれる世界。
さらに、悪意ある攻撃(フィッシング、ウイルス、ランサムウェア)についても、実行される前に検知・隔離し、必要であれば攻撃元ごとネットワークから自動的に隔離する。そんな予防型・根絶型のセキュリティモデルをAIによって実現できれば、私たちはもっと自由に、もっと安心してインターネットを使えるようになるはずです。
今後も、技術者として、またユーザーとして、インターネットが「本来あるべき姿」を取り戻すために何ができるかを模索していきたいと思います。
“便利さと安全性は両立できる”——その未来を、AIとともに創りたい。